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2006年11月 1日 (水)

スーパーセットアッパーのさけがき、落合英二引退

落合英二引退。。。

力が落ちてくれば
仕方がないこととはいえ、とても切ないですね。

どちらかというとベテラン選手よりも
若手に期待してしまう僕ですが
落合投手に関して言えば
本当にお疲れさまでしたと伝えたい。

ずっと中日ファンの僕の中で
落合投手の存在はとっても大きなものでした。

というのも、一般のプロ野球ファンの人は
あまり知らないだろうけど
彼はホントに中継ぎ投手の地位向上に
色々と戦ってきた人なんです。

今でこそ、藤川球児をはじめ、今年の日本シリーズでの
武田も含め、スーパーセットアッパーの存在は
とても貴重で、その評価は高まってますが

ひと昔前のプロ野球界での中継ぎの定義は

「先発失格」&「ストッパー失格」

というのが妥当なところでした。。。

要は大切な場面で使えない投手を
中継ぎで使うということでした。

でも、今のプロ野球では
セットアッパーはホントに大切な存在になりました。

阪神の岡田監督が藤川を7回に登板させる狙いは
相手の勢いを7回でバッサリ切るのが狙い。
そして「7回を投げる投手が一番重要」というほど
存在価値が高まっています。

大げさかもしれないけど、
その貴重なセットアッパーのさきがけ的存在が
落合投手だったんです。

ドラゴンズが優勝した1999年。
当時の勝利の方程式は
落合英二、サムソン・リー、岩瀬仁紀の3人のセットアッパーに
宣がクローザーをつとめる盤石の布陣。

今でもあの時代のリリーフ陣は
中日史上最強のメンバーだったと
思っている人も多いはずです。

それほど完璧な火消し役をつとめていました。

その当時落合投手が発言していたことが

「中継ぎへ昇格」

ということでした。

当時先発から中継ぎに回された投手がいると
「昇格おめでとう」と声をかけていたそうです。

もちろん、首脳陣の評価は
「先発失格→中継ぎ降格」
というものでした。

でもそれを真っ向から否定して
先発よりも中継ぎの方が上なんだと
言い続けてきたのです。

これも大げさかもしれませんが
1999年の中日ドラゴンズの優勝は
プロ野球の概念をかえたといっても
過言じゃないと思います。

それほど中継ぎに
スポットがあたった年だったと思ってます。

そしてその中心にいた落合投手のおかげで
中継ぎ投手の地位はずいぶん向上したと思ってます。

本人も引退会見で
「中継ぎで終われて幸せ」と話してたように
そうとうなプライドをもっていたんだと思います。

プロ通算14年
458試合37勝45敗24セーブ防御率3.26

本当に本当に長い間お疲れさまでした。

今後もプロ野球に携わる仕事を続けると思いますが
いつかまたドラゴンズのユニフォームを着て
指導者としてチームに戻ってきてくれることを
楽しみにしています。

チームメイトだけでなく、裏方さんや関係者の人、
あらゆる人から信頼され
そしてなによりもファンを大切にする姿勢。

本当に尊敬できるプロ野球選手でした!

本当にお疲れさまでした。
そして本当にありがとうございました!

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受信: 2006年11月 1日 (水) 18時23分

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